設備投資は、仕事に携わる人間の生産性の向上をもたらすだけでなく、仕事そのものを不要にしはしないかということである。一〇年ほど前にオフィスビルの内装工事会社の経営者と人手不足の議論をしたことがある。一〇年前といえば一九八九年、異常なほどの人手不足の時期であった。彼の結論は、生産現場と同様、内装工事の現場でもロボット化をすすめ、人間の関与を極力減らすということであった。もちろんそうしなければ仕事が消化できないのだが、それだけではなく、人を雇って訓練して工事をするより機械化した方が明らかに生産性が高いのである。
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このように、技術革新とこれに基づく設備投資は、人間の生産性を向上させるとともに、生産性を実現するために人間を仕事から排除する。もちろんこの問題は今に始まったものではなく、二〇世紀初頭の産業の巨大化の時期から、人の仕事についてまわってきた問題である。決して目新しいものではない。ではその結果、人間は生産性の高い仕事、より専門的な仕事から締め出されてきたかというとそんなことはない。いわゆるホワイトカラー化か、生産現場とは性格の異なる、新たな専門的業務を生み出してきた。もちろんそれとて、時とともに消滅したり、機械に代替される。結論は、長期的に見た場合、生産性を目的にする限り、人の仕事はつねに自己否定的に変化を続けていかねばならないということである。そして、それ故に、生涯にわたる訓練とその効率が問われるということでもある。